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松山地方裁判所 昭和31年(ワ)447号 判決

原告 永山重利

被告 渡部久雄

主文

被告は原告に対し金六〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三一年一一月七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担としその余を被告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

原告が昭和三〇年一二月二六日自転車で松山市大街道を南進し同日午后〇時三〇分頃同市千舟町に通ずる十字路を真直ぐ横断しようとした際、五一年式第二種原動機付自転車を運転して同市千舟町を東進してきた訴外八木宏に自転車の前車輪に衝突されたことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第八号証、同じく乙第一号証、証人八木宏、同熊上忠義の各証言、検証の結果を綜合すると、右十字路は当時信号機も設置されず交通整理も行われていなかつたところであるが交通量は相当多い個所であり訴外八木は時速二五粁位で千舟町通りの左側を東進して右十字路にさしかかり、そのまゝの速力で同十路を横断しようとしたところ、たまたま河原町方面から一台の自動三輪車が西進して来、同車は方向指示器を掲げていなかつたので真直ぐ千舟町へ向うと思つていたのがにわかに大街道の方へ右折して来たので、右訴外人は速力を増してハンドルを左に切り右三輪車の前を横ぎる際、大街道方面から右十字路を真直ぐ南に横断しつゝある原告を発見したが、既に遅く原告の自転車と衝突したことが認められ証人関谷マツ子および原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕各証拠に徴し措信し難く他に右認定を左右するに足る何等の証拠もない。およそ原動機付自転車を操縦してかような十字路を横断するに際しては徐行し充分前方ならびに左右を注視して安全であることを確認した上で通過すべきであるにもかゝわらず右の事実から判断すると右訴外人は前記三輪車にのみ気を奪われて前方注視の義務を怠り原告が同所を南に横断しようとしているのに気付かず右三輪車の前方を通過しようとして無謀にも急にハンドルを左に切り速力を増してその前を横切つたことが認められるから、同訴外人は右注意義務に違反した過失があるものといわなければならない。

そして被告が米穀販売業を営み右事故が被告の雇用者である訴外八木宏において被告の右営業である米穀の配達の仕事に従事中に生じたものであることは当事者間に争がないから被告は原告に対し前記訴外人の右不法行為に因り生じた損害を賠償すべきものである。

そこで右衝突により原告においていかなる損害が生じたかについて判断する。証人江里口健次郎の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証、および同証人の証言によると、右衝突により原告は入院二ヶ月自宅加療約六ヶ月を要する第一一胸椎圧迫骨折の傷害を負い、同三一年一月四日から同年三月三日まで県立愛媛病院に入院していたことが認められ他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして(1)原告が右受傷直后その応急手当を吉野内科医院で受けたことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第四号証、原告本人尋問の結果によると、原告は同三〇年一二月三〇日同医院に対し右治療費として金二一五円を支払い、(2)証人青木高美の証言および同証言により真正に成立したと認められる甲第二号証の一、二、によると、原告は右入院中、原告の妻が附添い、その依頼により留守居をした訴外青木高美へ昭和三一年二月二九日留守居の謝礼として一ヶ月金二、〇〇〇円の割合で二ヶ月分合計金四、〇〇〇円、および退院後の同年三月四日から同年九月未日まで原告を看護した謝礼として同年九月三〇日一ヶ月金一、〇〇〇円の割合で七ヶ月分合計金七、〇〇〇円を支払い、(3)成立に争のない甲第七号証の一、二、による原告は前記のとおり県立愛媛病院で治療のため同三一年三月一二日診察券代金八一円、同じく同年四月四日同代金三一一円を支払い、(4)前示甲第一号証成立に争のない同第四、五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第六号証、原告本人尋問の結果によると原告は右受傷のため生活上特に必要となつたデツキイスの布を田中商事株式会社で取替え、同三一年四月二四日その代金一、〇〇〇円を支払い、同じく同年四月五日頃治療のため沢村義肢製作所からコルセツトを代金九、〇〇〇円で購入してその代金債務を負担し(5)証人永山輝子の証言によると原告は右入院中(同三一年一月四日以降同年三月三日までの間)衰弱した身体を回復するため、特に栄養補給の必要があり、そのため一日平均金一五〇円の割合で合計金九、〇〇〇円の栄養費を要した各事実が認められ、他に右認定を左右するに足る何等の証拠もなく、右損害合計金三〇、六〇七円はいづれも原告の本件受傷と相当因果関係があると解するのが相当である。

原告主張(5)の損害のうち退院以降は通常より一日平均一五〇円の特別栄養補給費を要した事実についてはすべての証拠によつても認め難く、(6)の事実については、原告がその主張の期間桝井医院で受診したことは証人桝井喜敏の証言および同証言により真正に成立したと認められる甲第三号証により認められるが、右が本件受傷による胃腸障碍についての受診と認めるに足る証拠なく、却つて該証言によると本件受傷とは無関係の気管支炎、腎臓炎の治療のためであつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る何等の証拠もない。原告主張(7)の事実については、昭和三〇年九月頃、原告と訴外桝井喜敏との間で原告が翌年四月頃から右桝井医院に月収一〇、〇〇〇円で事務員として勤務する趣旨の雇傭契約ないしその予約が成立したとの証人桝井喜敏の証言、原告本人尋問の結果の該部分は弁論の全趣旨に照し措信し難く、右証拠を検討するとき、両人は古くから親交の仲であり原告主張の頃両人間で雑談中、原告が桝井医院に勤めることにつき話が出たものと認められないこともないが、はつきりと雇傭契約が成立したとは認められないから、該契約の成立を前提とする原告の右主張は理由がないものといわなければならない。

次に慰藉料請求の点について判断する。前示甲第一号証、成立に争のない同第一一号証、証人永山輝子、原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は本件受傷当時満六四年の老人で(この点については当事者間に争ない)前記のとおり相当の重傷を負い身体障害者の指定を受けた程で長期間精神的苦痛を蒙つたことが認められ、原被告双方諸般の事情を考慮するとき原告の蒙つた精神的苦痛を慰藉するに足る額は金四〇、〇〇〇円であると認めるのが相当である。

最后に被告の仮定抗弁について判断する。前示のように本件十字路は特に交通の頻繁な個所であり、原告は老人でもあるから、およそこのような場合自転車で右十字路を横断するに際しては前方のみならず、左右を充分注視し安全であるかどうかを確めてから行動すべき注意義務があるというべきであるに拘らず、前示乙第一号証、証人八木宏の証言および検証の結果によると、原告は右注意義務に違反し慢然右十字路の横断をはじめたため千舟町方面から同十字路にさしかゝつていた訴外八木に気付かなかつたことが認められるのであつて、右は原告の過失でありこれもまた本件事故発生の一原因となつたものというべきである。右認定に反する原告本人尋問の結果は前顕各証拠に照してたやすく信用できなく他に右認定を覆すに足る何等の証拠もない。そうすると原告の右過失を斟酌し、原告が被告に対して請求し得べき損害額は物的ならびに精神的損害を併せて金六〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

よつて被告は原告に対し右損害金六〇、〇〇〇円とこれに対する本件訴状送達の翌日であること本件記録上明かな昭和三一年一一月七日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金とを支払う義務があるものというべく、原告の請求はこの限度でこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 木原繁季 谷野英俊 猪瀬慎一郎)

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